ハルキ・ムラカミと言葉の音楽

ハルキ・ムラカミと言葉の音楽

ハルキ・ムラカミと言葉の音楽

価格:3,150円(税込、送料別)

最近出たインタビュー集を読んで、翻訳者の佇まいと息づかいに興味を惹かれて、読みそこねていた本書を読むことにしたのだった。

驚くべきはジェイ・ルービンさんの緻密な探究心である。村上春樹の作品を年代順に追っていくのだが、事細かに作品ごとに村上春樹とのエピソードが綴られている。

たとえば「とんがり焼の盛衰」のエピソード。

とんがり焼が書かれたあと、春樹と陽子が東京の大通りで菓子の大きな広告を見て仰天した。それはなんと、「とんがりコーン」という円錐形のコーンチップスだったのだ。

今ではとんがりコーンのほうがすっかり有名だが、と付け加えることも忘れない。
日本のスナック菓子のことまで極め細かく追いかけているという熱意には感心してしまう。

またあるときには60年代70年代の学生運動の虚しさ、空虚感を感じているものもいたことをまるで目の前でみてを呼吸してきたかのように描写している。

翻訳者として、英語と日本語の表現の違いに関しての考察。

「雪が溶けて水になる」と「雪が溶けて川となる」の違いの例をあげて解説している。前者では、雪は実際に物理的に水になり、後者では「川」は物理の法則に従う現象というよりはむしろ概念である。英語にはこの種の区別はない、と。

作品の裏も表も知りぬいている、原作者よりも知っている気になっていた翻訳直後の頭のなかをお見せしたかった!とルービンさん自らのエピソードもおもしろい。

「ねじまき鳥クロニクル」の2巻〜3巻を翻訳に際してはだいぶ整理された、らしい。翻訳ってそういうこともあるのか、と新鮮な驚き。

翻訳とグローバリゼーション、重訳をめぐっての論議。英語から多言語に訳されることも多いそうで、となると英語でされた解釈が多言語でも展開されてしまう。作品のハリウッド化だ、として起こった論議のいくつか。

巻末の付録の中のエピソードも興味深い。

ルービンさんは夏目漱石を研究する日本文学者だったそうですが、とあるときに出版社から翻訳する価値があるか、村上春樹作品を日本語で読んで評価を聞かせて欲しいと依頼されて、期待せずに読んだのが初めてだそうです。

それが「ハードボイルドワンダーランド」で、すっかり引き込まれて熱中してしまい、出版社には、検討中の翻訳に万が一不満があれば自分が翻訳をするべきである、と伝えた。しかし出版社にはその申し出は無視されたのである、と。

以後10年ほど、漱石はすっかりお留守になり、ハルキ・ムラカミばかりやっていた、そうです。
生きている作家とレコード店を巡ったり、作品について大学の講義で本人と議論したりするのは死んでいる作家ではできない心踊る出来事である、と。

こんな熱心な翻訳者に作品が訳されるというのはなかなか幸せなことなんだろうな、ということがわかります。