「当事者の時代」(佐々木俊尚著)を読み始める

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@sasakitoshinaoのキュレーションツイートは日々の楽しみだ。ちょっと目を引く情報、巷の気の利いた話題、「えっ!」と驚くような興味を引く話題を織りまぜて教えてくれる。ちょっとした気分転換にもいい。最近のツイートから「当事者であること」、がキーワードとして浮かび上がっていた。

震災やニュース、原発などを話題にするときに当事者性を保ちながらの発言がネット時代にはしっくりくる、ちょっと違う言葉で置き換えるならば等身大、身の丈にあった、とでもいえばいいだろうか。自分が生身の体で感じていることから距離を取り過ぎることなく、言葉を発すること、それを当事者というキーワードに集約することで説明するのであろう、という目測を読みはじめる前に立てていた。

さらにツイッターやSNSなどのITの視点を加えて語るものだろうと勝手な先入観で読み始めたのだが、冒頭でこの淡い期待は裏切られる。「当事者の時代」はねっとりとした羊羹のような濃い昭和の時代からはじまる。

冒頭は佐々木俊尚さんの新聞記者時代の夜回りの話である。圧迫感と息苦しさのあった時代の空気感を描写していく。当時の違和感を丁寧に言葉を紡いでいく。まるで小説のように。

そして警察と事件記者の謎解きのようなやりとり。気づけば昭和の香りにどっぷりつかっている自分がいる。これは小説を読み始めて引きこまれていくときの感触に近い。まだ10分の1も読み進めていないが、読みすすめるとどう変わっていくのだろうと期待せずにはいられない。

共同体をいくつかに分類し、整理して説明していく。中でも本書の中でラベリングされた「記者会見共同体」が2ちゃんねるにマッピングされるのはセンセーショナルである。ここでのマッピングとは分類として、イコール、ということである。

ITからとらえた今の「社会論」をイメージして読み始めたが、読み進めていくとそのイメージはちょっと違っていることに気づく。とらえようとしているスコープの範囲は戦後から震災後までと広い。戦後史から振り返り、マスコミによってイメージされた社会、当時の時代の空気感を思い出し、一歩進んで、新聞記者時代の経験を織り交ぜて新聞に踊っていたテキストの舞台裏と実際の社会との乖離を織りまぜた観察がなされていく。市民運動と新聞の紙面の舞台裏の解説はとびきりのドキュメンタリーとなっている。

戦後から災後の日本をとらえるときには読みたい本の1冊。

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