「当事者の時代」佐々木俊尚著を読んで ーその1ー

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ハイコンテクストな日本の社会も昭和の遺産となる日がくるのかもしれない。本書を読んだ時の初期に抱いた第一印象だった。

 

バックグラウンドを共有している濃密空間を前提としたハイコンテクストな世界は、多様化した価値観、世界観を前提とした社会では成り立ちにくくなって行くように思える。

 

多様化したメディアを楽しむ世界になりつつある、いくつもの小さいグループができて、バックグラウンドは共有されにくい。そんなときにハイコンテクストな社会は特異なものになっていくのではないかと。しかし、行動様式は簡単にかわるわけではなく、ネット上のはてな村の例が紹介される。

 

そこではすでに独特の言葉遣いとコンテキストが駆使されており、ハイコンテクストなネット上のコミュニケーションが広がっている。行動様式は受け継がれているのだった。

 

そのあたりからぐっと視野を広げ1955年までさかのぼって、共同体から市民、市民運動、学生運動をつぶさに振り返ってみていく。当時の社会論のキーワードと、吉本隆明の大衆論の記述を引きながら。知識人と大衆は分離しているものとして風説が流れているときには現実の社会ではすでに大衆はすでに消滅しかかっていたことが解き明かされる。

 

戦後から震災後へ。価値観の変化があり、時代の変化があり、世界観の変化があり、震災があり、パラダイムの一区切りができつつある。ひとつの節目を持ち越せるものと持ち越せないものがある。学生運動の話は持ち越せないものだとおもう。賞味期限が迫っている。今後は地続きとしての出来事ではなく過去の歴史の一幕として凍結された表現に変わるだろう。本書は60~70年代を精彩をもって描写する最後の本になるのではないだろうか。

 

御茶ノ水のアジ文字の看板が撤去されて風景になくなるときれいに存在感がなくなったように感じる。かつては当たり前のように存在していたものでも2012年の今はその残骸をみかけることすら稀だ。

 

「当事者の時代」で描かれている60年代の学生運動の情景は地続きの時代として想像できるギリギリの距離感の世代のように感じる。

 

自分の時代背景を振り返ってみよう。高校生の頃、教師は元○○のセクトで、国語科と社会化は刺し合っていたかもしれない、彼も○○派で別のセクトだったのだ、と理科の先生が楽しげに語っていた。その理科の先生もたしかどこかの派閥だったような、いやノンポリだったか。記憶も曖昧になっている。そこには脈々とした学生運動の流れがあり、その残滓があり、青春の燃え滓が残っていた。残っていたのは社会は変わらなかったという漠然としたあきらめ、しらけムードとかいわれたそんなものもあったように記憶する。

 

60~70年代というのはそんな距離感の引っかかっている何かだった。本書を読んでいくと、もやもやとして理解できなかった1960~70年代あたりのことが時代背景とともにすっきりと整理されてくる。自分が見ていた残滓はこういうものの残滓だったのだと。

 

村上春樹の小説「ノルウェイの森」で緑の語るセリフは小説の中のちょっと気の利いた皮肉なのかと思っていたのだけど、生々しいリアルな当時の感情を表している言葉として響いていたのだ。たとえ当時は表明できずに心のなかに閉まっておいたとしても。

 

「もうアホらしくて声もでなかったわ。革命云々を論じている連中がなんで夜食のおにぎりのことくらいで騷ぎまくらなきゃならないのよ、いちいち。海苔が巻いてあって中に梅干しが入ってりゃ上等じゃないの。」

 

警察と新聞記者の濃密な<夜回り共同体>の明解な解説をを読んだあとから、日々のニュースのヘッドラインを見る視点がちょっと変わった。どうやって世の中にこのヘッドラインがでてきたのか少しだけ以前と違う想像ができるようになったのだ。その視点の差異はわずかだが、見えるものは以前の風景とはずいぶんと違っている。それは舞台裏を知ることで得られた行間への臭覚とでもいうべきものだろう。

 

市民運動のメディアのとりあげ方、事件記事のときには夜回り共同体の存在であったり。

 

2回目に目を通してみるとだいたい3冊分の内容が1冊に詰まっていることがわかる。新聞記者時代の話、これはそれだけで1冊になるくらいの内容で、何より小説のように浮かび上がる情景は読んでいてぐっと引き込まれる。読んでいて楽しい。

 

「ニュース記事の舞台裏 ~僕が一番機だったころ/夜回り共同体~」とでもして、いくつかの事件の舞台裏なども追加したらとびきりのドキュメンタリーになる。出版されたらぜひ読みたい。

 

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