「当事者の時代」佐々木俊尚著を読んで ーその2ー

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ビジネスマインドの視点から1960~70年代の市民運動の成果ってあったのだろうか。忘れ去られる歴史の一幕として位置づけられた時、それは成果物がない出来事であったのだろう、自分はそのように考えはじめようとしている一人であった。そのもやもやとしていたものがかたちになってきたのは震災後である。

 

本書はタイミングよくそこに一石を投じる。その成果物は「七・七告発」である、と定義付ける。重大な転換点であり非政府的な市民の活動の多くはこの1968年の革命の延長線上に展開されている、と。

 

マイノリティ目線が取り戻された成果の影響力は良い面と悪い面を持っていた。本書はその副作用、マイノリティに向かい憑依することについて光を当てて洞察を重ねていく。


 
「辺境(マイノリティ)へ」=「現地へ入る」という社会学、文化人類学の伝統的なアプローチは、市民活動では力を発揮することができなかった。それは身の置き場を変えて視点が変わり、今まで持っていた考えが押し流され、現実に飲み込まれていくことに終始してしまう。

 

でも冷静にみてみると決定的な違いは最初からそこにある。現場から運動を起こしていくことを内包した市民運動の思想と、いずれは戻ってレポートする学術目的からも読み取れるシンプルなことなのだった。なぜここで市民運動と文化人類学とがおなじ土俵で論じられるようになったのかはよくわからない。きっと同時代性を持つものとして文化人類学が注目されていたのだろう。

 

こういってしまえば身も蓋もないがマイノリティに身を投じて没入していったところで、世の中を動かしていく力にはなりえないだろう。思想を鋭く捉えて、自己を移動することはロジックとしては正しいように見えるが、実際のところその思想の目指す運動性と未来は停止してしまう。視点を入れ替えた時点で、自分の見る世界観が変わってしまい運動の羅針盤を失うのだ。

 

しかし、同時代を生きていたらそれは見えにくいことだった。行動した本人の探究心と好奇心は満たされるのだろうけども、そこから再度でてこなければ世界を相対化できない状況に陥ってしまう。落ちても気づかぬピットフォールの闇をつぶさにとりあげていく。そこから見えてくるのは壮絶な世界だった。

 

両者を見ながらアンビバレントな中でバランスを保ち続けることでしか架け橋になることはできない。しかしそれは容易ではない。本多勝一と山口昌男のエピソードをとりあげ、本多勝一の著書の視点が「没入の視点」=「マイノリティ憑依」に陥らずに成り立っていたのは一瞬であったことが浮き彫りにされる。

 

社会も変わる、共同体も変わる、自分も変わる。それぞれの関係性の磁場のなかで変わらぬ距離感を同じように持ち続けることの難しさ。それは時代とともに変わるものなのだろうか。本書を読み進めていくと沸き上がってくる感情だ。

 

記者もデスクも好きではない市民運動を取り上げて紙面を飾り、庶民の代弁を果たそうとするマスコミは再び幻想の庶民をつくりだしていった。幻想の庶民の世論として掲載し世の中へアジェンダ設定を行うことによって。

 

幻想の庶民は幻想であるがゆえに、どこからも意見や反論があがってこない。幻想なのだからでてこようもない。幻想の庶民はサバルタンなのだから、と本書は説く。現実との乖離はこうして生産され、修正の機会なく乖離は広がっていったということが現実のものとして理解できるようになる。

 

当時の市民運動が金太郎飴的に同じ人物たちがやっているケースが多かったことがわかりやすく明かされている。岐阜県のチンチン電車の例からはじまる市民運動の舞台裏の話は生々しく、賛成派と反対派のデモに同じ人物を見つけたエピソードには、くすりと笑ってしまうおかしさがある。市民運動の種類が増えても関わっている人々が兼任しているのであれば、運動としてトータルの参加人数は増加していない。さらにマイノリティな内容を選択的にのせているわけだから新聞紙面に占める割合と比べて社会への影響力が少ないわけだ。長年の謎が解けて思わず膝を打ってしまった。

 

本書の読み応えは社会に印象が残っている1960年代~70年代の事象をとりあげ、記者時代の舞台裏のエピソードと紐付けて解説してくれるところにある。ときに津村喬への後日の取材のエピソードも交えながら。当時をリアルに生きていた人でも表舞台と裏舞台をリンクして見れた人は少数であったに違いない。ましてや事件を過ぎたあとの取材、インタビューで延長戦を構成しさらに読み応えが増幅している。機が熟すところまで寝かせておいた蔵出し感が満載です。

 
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