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	<description>スクラップブック + おいしいもの + お料理 + 写真 + お買い物 + 音楽 + 本 etc + アンテナにピピッ！ときたものをお届けしています（毎日日曜版）</description>
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		<title>「当事者の時代」佐々木俊尚著を読んで　ーその3ー</title>
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		<pubDate>Tue, 15 May 2012 17:40:21 +0000</pubDate>
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		<description><![CDATA[「当事者」の時代 (光文社新書) 著者／訳者：佐々木　俊尚 出版社：光文社( 2012-03-16 ) 価格：￥ 998 ISBN-10 : 4334036724 ISBN-13 : 9784334036720 &#160; 「当事者の時代」佐々木俊尚著を読んで　ーその1ーを書いたあと、ご本人宛てにツイートしてみた。すると60~70年代の再評価も、本書の目的の1つというツイートを受け取ったのだった。（こんなインタラクティブな読書経験をできるなんて素敵な時代になったものです） &#160; 当時の学生運動の問題意識と精神は再評価されるべき、というのが本書の目的のひとつ＞「もやもやとして理解できなかった1960～70年代あたりのことが時代背景とともにすっきりと整理されてくる」／ 「当事者の時代」を読んで http://bit.ly/IalAcl https://twitter.com/#!/sasakitoshinao/status/193119043132207105 &#160; さて「当事者の時代」の理解を深めるために各年代の著名人を並べてみた。するともやもやしていたイメージや時代背景は少し鮮明になった。ちょっとした時代の記憶の断片や読んだ書物の点と点が線となってつながる。そしてなだらかに今につながってくる。昭和時代の描写に補助線が引かれ、曖昧な記憶が具体的な像を結びはじめ、イメージしていた全体像が一段クリアになる。 &#160; 1950年以前 1932年　石原慎太郎（昭和7年） 1940年　立花隆 1941年　柄谷行人 1946年　猪瀬直樹 1948年　糸井重里 1949年　村上春樹 1950年代 1950年　内田樹、中沢新一、平川克美 1951年　高橋源一郎 1952年　坂本龍一 1952年　村上龍 1957年　浅田彰 1959年　宮台真司 1960年以降 1961年　佐々木俊尚 1971年　東浩紀 &#160; ここで列挙したのは表現活動を行なっていて、その著作を聞いたり、読んだりしたことのある人物を個人的な興味と関連付けにもとづいて並べたもの。なので然るべき人物は、人によっていろいろと変わってくるとおもいます。本書は60年代～現在にいたるまでをスコープの範囲に入れているので、こういった視点で眺めなおしてみるのも整理の一助になり新鮮でした。 &#160; 一息の長いテキストというのはこういう著作のことをいうのだろうな、という読後感を抱きます。 &#160; パブーから電子出版もでています。490円という思い切った価格設定。]]></description>
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		<title>「当事者の時代」佐々木俊尚著を読んで　ーその2ー</title>
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		<pubDate>Wed, 25 Apr 2012 00:02:26 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Sunday blog</dc:creator>
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		<description><![CDATA[「当事者」の時代 (光文社新書) 著者／訳者：佐々木　俊尚 出版社：光文社( 2012-03-16 ) 価格：￥ 998 ISBN-10 : 4334036724 ISBN-13 : 9784334036720 &#160; ビジネスマインドの視点から1960～70年代の市民運動の成果ってあったのだろうか。忘れ去られる歴史の一幕として位置づけられた時、それは成果物がない出来事であったのだろう、自分はそのように考えはじめようとしている一人であった。そのもやもやとしていたものがかたちになってきたのは震災後である。 &#160; 本書はタイミングよくそこに一石を投じる。その成果物は「七・七告発」である、と定義付ける。重大な転換点であり非政府的な市民の活動の多くはこの1968年の革命の延長線上に展開されている、と。 &#160; マイノリティ目線が取り戻された成果の影響力は良い面と悪い面を持っていた。本書はその副作用、マイノリティに向かい憑依することについて光を当てて洞察を重ねていく。 &#160; 「辺境（マイノリティ）へ」＝「現地へ入る」という社会学、文化人類学の伝統的なアプローチは、市民活動では力を発揮することができなかった。それは身の置き場を変えて視点が変わり、今まで持っていた考えが押し流され、現実に飲み込まれていくことに終始してしまう。 &#160; でも冷静にみてみると決定的な違いは最初からそこにある。現場から運動を起こしていくことを内包した市民運動の思想と、いずれは戻ってレポートする学術目的からも読み取れるシンプルなことなのだった。なぜここで市民運動と文化人類学とがおなじ土俵で論じられるようになったのかはよくわからない。きっと同時代性を持つものとして文化人類学が注目されていたのだろう。 &#160; こういってしまえば身も蓋もないがマイノリティに身を投じて没入していったところで、世の中を動かしていく力にはなりえないだろう。思想を鋭く捉えて、自己を移動することはロジックとしては正しいように見えるが、実際のところその思想の目指す運動性と未来は停止してしまう。視点を入れ替えた時点で、自分の見る世界観が変わってしまい運動の羅針盤を失うのだ。 &#160; しかし、同時代を生きていたらそれは見えにくいことだった。行動した本人の探究心と好奇心は満たされるのだろうけども、そこから再度でてこなければ世界を相対化できない状況に陥ってしまう。落ちても気づかぬピットフォールの闇をつぶさにとりあげていく。そこから見えてくるのは壮絶な世界だった。 &#160; 両者を見ながらアンビバレントな中でバランスを保ち続けることでしか架け橋になることはできない。しかしそれは容易ではない。本多勝一と山口昌男のエピソードをとりあげ、本多勝一の著書の視点が「没入の視点」＝「マイノリティ憑依」に陥らずに成り立っていたのは一瞬であったことが浮き彫りにされる。 &#160; 社会も変わる、共同体も変わる、自分も変わる。それぞれの関係性の磁場のなかで変わらぬ距離感を同じように持ち続けることの難しさ。それは時代とともに変わるものなのだろうか。本書を読み進めていくと沸き上がってくる感情だ。 &#160; 記者もデスクも好きではない市民運動を取り上げて紙面を飾り、庶民の代弁を果たそうとするマスコミは再び幻想の庶民をつくりだしていった。幻想の庶民の世論として掲載し世の中へアジェンダ設定を行うことによって。 &#160; 幻想の庶民は幻想であるがゆえに、どこからも意見や反論があがってこない。幻想なのだからでてこようもない。幻想の庶民はサバルタンなのだから、と本書は説く。現実との乖離はこうして生産され、修正の機会なく乖離は広がっていったということが現実のものとして理解できるようになる。 &#160; 当時の市民運動が金太郎飴的に同じ人物たちがやっているケースが多かったことがわかりやすく明かされている。岐阜県のチンチン電車の例からはじまる市民運動の舞台裏の話は生々しく、賛成派と反対派のデモに同じ人物を見つけたエピソードには、くすりと笑ってしまうおかしさがある。市民運動の種類が増えても関わっている人々が兼任しているのであれば、運動としてトータルの参加人数は増加していない。さらにマイノリティな内容を選択的にのせているわけだから新聞紙面に占める割合と比べて社会への影響力が少ないわけだ。長年の謎が解けて思わず膝を打ってしまった。 &#160; 本書の読み応えは社会に印象が残っている1960年代～70年代の事象をとりあげ、記者時代の舞台裏のエピソードと紐付けて解説してくれるところにある。ときに津村喬への後日の取材のエピソードも交えながら。当時をリアルに生きていた人でも表舞台と裏舞台をリンクして見れた人は少数であったに違いない。ましてや事件を過ぎたあとの取材、インタビューで延長戦を構成しさらに読み応えが増幅している。機が熟すところまで寝かせておいた蔵出し感が満載です。 &#160; パブーから電子出版もでています。490円という思い切った価格設定。]]></description>
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		<title>「当事者の時代」佐々木俊尚著を読んで　ーその1ー</title>
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		<pubDate>Wed, 18 Apr 2012 23:56:19 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Sunday blog</dc:creator>
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		<description><![CDATA[「当事者」の時代 (光文社新書) 著者／訳者：佐々木　俊尚 出版社：光文社( 2012-03-16 ) 価格：￥ 998 ISBN-10 : 4334036724 ISBN-13 : 9784334036720 &#160; ハイコンテクストな日本の社会も昭和の遺産となる日がくるのかもしれない。本書を読んだ時の初期に抱いた第一印象だった。 &#160; バックグラウンドを共有している濃密空間を前提としたハイコンテクストな世界は、多様化した価値観、世界観を前提とした社会では成り立ちにくくなって行くように思える。 &#160; 多様化したメディアを楽しむ世界になりつつある、いくつもの小さいグループができて、バックグラウンドは共有されにくい。そんなときにハイコンテクストな社会は特異なものになっていくのではないかと。しかし、行動様式は簡単にかわるわけではなく、ネット上のはてな村の例が紹介される。 &#160; そこではすでに独特の言葉遣いとコンテキストが駆使されており、ハイコンテクストなネット上のコミュニケーションが広がっている。行動様式は受け継がれているのだった。 &#160; そのあたりからぐっと視野を広げ1955年までさかのぼって、共同体から市民、市民運動、学生運動をつぶさに振り返ってみていく。当時の社会論のキーワードと、吉本隆明の大衆論の記述を引きながら。知識人と大衆は分離しているものとして風説が流れているときには現実の社会ではすでに大衆はすでに消滅しかかっていたことが解き明かされる。 &#160; 戦後から震災後へ。価値観の変化があり、時代の変化があり、世界観の変化があり、震災があり、パラダイムの一区切りができつつある。ひとつの節目を持ち越せるものと持ち越せないものがある。学生運動の話は持ち越せないものだとおもう。賞味期限が迫っている。今後は地続きとしての出来事ではなく過去の歴史の一幕として凍結された表現に変わるだろう。本書は60～70年代を精彩をもって描写する最後の本になるのではないだろうか。 &#160; 御茶ノ水のアジ文字の看板が撤去されて風景になくなるときれいに存在感がなくなったように感じる。かつては当たり前のように存在していたものでも2012年の今はその残骸をみかけることすら稀だ。 &#160; 「当事者の時代」で描かれている60年代の学生運動の情景は地続きの時代として想像できるギリギリの距離感の世代のように感じる。 &#160; 自分の時代背景を振り返ってみよう。高校生の頃、教師は元○○のセクトで、国語科と社会化は刺し合っていたかもしれない、彼も○○派で別のセクトだったのだ、と理科の先生が楽しげに語っていた。その理科の先生もたしかどこかの派閥だったような、いやノンポリだったか。記憶も曖昧になっている。そこには脈々とした学生運動の流れがあり、その残滓があり、青春の燃え滓が残っていた。残っていたのは社会は変わらなかったという漠然としたあきらめ、しらけムードとかいわれたそんなものもあったように記憶する。 &#160; 60~70年代というのはそんな距離感の引っかかっている何かだった。本書を読んでいくと、もやもやとして理解できなかった1960～70年代あたりのことが時代背景とともにすっきりと整理されてくる。自分が見ていた残滓はこういうものの残滓だったのだと。 &#160; 村上春樹の小説「ノルウェイの森」で緑の語るセリフは小説の中のちょっと気の利いた皮肉なのかと思っていたのだけど、生々しいリアルな当時の感情を表している言葉として響いていたのだ。たとえ当時は表明できずに心のなかに閉まっておいたとしても。 &#160; 「もうアホらしくて声もでなかったわ。革命云々を論じている連中がなんで夜食のおにぎりのことくらいで騷ぎまくらなきゃならないのよ、いちいち。海苔が巻いてあって中に梅干しが入ってりゃ上等じゃないの。」 &#160; 警察と新聞記者の濃密な＜夜回り共同体＞の明解な解説をを読んだあとから、日々のニュースのヘッドラインを見る視点がちょっと変わった。どうやって世の中にこのヘッドラインがでてきたのか少しだけ以前と違う想像ができるようになったのだ。その視点の差異はわずかだが、見えるものは以前の風景とはずいぶんと違っている。それは舞台裏を知ることで得られた行間への臭覚とでもいうべきものだろう。 &#160; 市民運動のメディアのとりあげ方、事件記事のときには夜回り共同体の存在であったり。 &#160; 2回目に目を通してみるとだいたい3冊分の内容が1冊に詰まっていることがわかる。新聞記者時代の話、これはそれだけで1冊になるくらいの内容で、何より小説のように浮かび上がる情景は読んでいてぐっと引き込まれる。読んでいて楽しい。 &#160; 「ニュース記事の舞台裏　～僕が一番機だったころ/夜回り共同体～」とでもして、いくつかの事件の舞台裏なども追加したらとびきりのドキュメンタリーになる。出版されたらぜひ読みたい。 &#160; パブーから電子出版もでています。490円という思い切った価格設定。その心意気と電子出版を応援したくなり購入しました。ブラウザで読む横書きも読みやすいことを発見。ブラウザ横書きも電子出版で有力な候補だと思いました。]]></description>
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		<title>川辺のバンコク滞在　～チャオプラヤー川のほとりで～</title>
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		<pubDate>Sat, 14 Apr 2012 05:29:59 +0000</pubDate>
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		<category><![CDATA[バンコク]]></category>

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		<description><![CDATA[3月の飛び石連休をつなげて4連休にしてバンコクへ。南国の暑さを感じながら川辺で風に吹かれようとチャオプラヤー川のほとりの宿にしたのでした。ジェットアジアエアウェイズでおよそ6時間のフライト。現地時刻の夕方にスワンナプーム国際空港に到着したのだった。 ホテルには近くの駅まで地下鉄でいき、そこから舟に乗る。ホテルの往復をしている定期便があるのだ。川辺周辺のアクセスは舟のほうが便利。ちょうど船着場についたときは夕暮れだった。3月とはいえ、まだ寒かった日本の気候とは違いかなり蒸し暑い。 舟に乗り込んでしばらくするとおしぼりとミネラルウォーターを出してくれる。おしぼりにはレモングラスの香り。乾いた体にミネラルウォーターが心地良く染みこんでいく。舟が走り始めると涼しい風が吹き抜けて心地いい。暑さを吹き飛ばしてくれるちょうどよい風。 今回は川辺に滞在したのでどこにでかけるにも最初の移動はまず舟で、となる。バンコクの印象はすっかり水上都市になった。 チャオプラヤー川を個人タクシーのような小さめの舟がしぶきをあげて走っている。舟の形状は細長い。手こぎボートを2曹半くらいつないだくらいの長さで、先端に行くに従って鋭く細くなっている。いちばん後ろにエンジンとスクリューがついており、スクリューはエンジンから突き出た長い棒の先についている。およそ2mくらいある棒の先にチョンとついている。 運転の途中で水面からスクリューをあげるシーンを幾度となく目にする。見た目には申し訳程度についている小型扇風機のプロペラのようなスクリュー、直径20センチにも満たないようなかわいいサイズ。でも水に潜ると威力を発揮して水柱を上げながら舟を加速してくれるなかなか頼もしいやつなのだ。 モーターボートやクルーザーとは違うタイプのエンジン付きボートとでもいえばいいのだろうか、日本の渡し舟のようにも見える。ちょうど手漕ぎの艪の先にスクリューがついたようなことになっているのだ。川が空いているときにはここぞとばかりに飛ばしている。 エンジンの形は舟によって違っている。舟の形はどれもだいたい同じなのに。ひょっとしてこれは自動車のエンジンをはずして、シャフトの先にスクリューをつけた代物なんだろうか？写真を拡大してみると、右のエンジンは「ISUZU」とある。いすゞはボートのエンジンつくってるんだろうか。 立派なエンジンを積んでいる舟はときおり爆音と水しぶきを上げながら勢いよく走っていく。さしずめ「オレッちのボートは速いよ、なんといってもこのエンジンは最高さ」といわんばかりである。こういうノリはどこでも変わらないもので、ほのぼのした気持ちになる。 几帳面なのかなんだか舟の数が多いにもかかわらず、ぶつからずにスルスルと舟がすれ違っていく。船着場のかわし方なんてそれは見事なものである。船長さんがしっかりとしているのか、交通ルールがじつはあるのか見ているだけではわからない。なんとなく運転になれていて、適当な感覚で避けているようにもみえる。 川の水は濁っていてゆったりと流れている。去年の洪水のニュースの時にモーターボートを並べて河口に向けてスクリューをまわして流れを加速する、というのを聞いた時に目が点になった。でもこのゆっくりした川の流れを目の前で見たら納得してしまった。川の水はゆっくり動いていて流れているのかわからないくらい。まるで池のようにみえなくもない。なにはともあれ、のんびりとしている。 行き交う船の種類は多い。個人タクシーボート、ホテルやレストランの数十人乗れるモーターボート、さらにフェリーのように数百人のれるような大型の舟も行き来している。いくら船の文化が発達しているとはいえ、川に巨大タンカーが停留しているのは新鮮な風景だった。 そうか、これだけ船が身近だったら火力発電所を船に乗せてもおかしくないなあ、と思う。（震災のあと、日本政府にタイ政府が火力発電所を貸してくれたのだ。船に乗せて。）現地2泊はちょっと短いなあと後ろ髪を引かれながら、バンコクをあとにしたのだった。]]></description>
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		<title>「当事者の時代」（佐々木俊尚著）を読み始める</title>
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		<pubDate>Tue, 27 Mar 2012 19:53:23 +0000</pubDate>
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		<category><![CDATA[最近の本棚]]></category>
		<category><![CDATA[本]]></category>

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		<description><![CDATA[「当事者」の時代 (光文社新書) 著者／訳者：佐々木　俊尚 出版社：光文社( 2012-03-16 ) 価格：￥ 998 ISBN-10 : 4334036724 ISBN-13 : 9784334036720 @sasakitoshinaoのキュレーションツイートは日々の楽しみだ。ちょっと目を引く情報、巷の気の利いた話題、「えっ！」と驚くような興味を引く話題を織りまぜて教えてくれる。ちょっとした気分転換にもいい。最近のツイートから「当事者であること」、がキーワードとして浮かび上がっていた。 震災やニュース、原発などを話題にするときに当事者性を保ちながらの発言がネット時代にはしっくりくる、ちょっと違う言葉で置き換えるならば等身大、身の丈にあった、とでもいえばいいだろうか。自分が生身の体で感じていることから距離を取り過ぎることなく、言葉を発すること、それを当事者というキーワードに集約することで説明するのであろう、という目測を読みはじめる前に立てていた。 さらにツイッターやSNSなどのITの視点を加えて語るものだろうと勝手な先入観で読み始めたのだが、冒頭でこの淡い期待は裏切られる。「当事者の時代」はねっとりとした羊羹のような濃い昭和の時代からはじまる。 冒頭は佐々木俊尚さんの新聞記者時代の夜回りの話である。圧迫感と息苦しさのあった時代の空気感を描写していく。当時の違和感を丁寧に言葉を紡いでいく。まるで小説のように。 そして警察と事件記者の謎解きのようなやりとり。気づけば昭和の香りにどっぷりつかっている自分がいる。これは小説を読み始めて引きこまれていくときの感触に近い。まだ10分の1も読み進めていないが、読みすすめるとどう変わっていくのだろうと期待せずにはいられない。 共同体をいくつかに分類し、整理して説明していく。中でも本書の中でラベリングされた「記者会見共同体」が2ちゃんねるにマッピングされるのはセンセーショナルである。ここでのマッピングとは分類として、イコール、ということである。 ITからとらえた今の「社会論」をイメージして読み始めたが、読み進めていくとそのイメージはちょっと違っていることに気づく。とらえようとしているスコープの範囲は戦後から震災後までと広い。戦後史から振り返り、マスコミによってイメージされた社会、当時の時代の空気感を思い出し、一歩進んで、新聞記者時代の経験を織り交ぜて新聞に踊っていたテキストの舞台裏と実際の社会との乖離を織りまぜた観察がなされていく。市民運動と新聞の紙面の舞台裏の解説はとびきりのドキュメンタリーとなっている。 戦後から災後の日本をとらえるときには読みたい本の1冊。 合わせて読みたい：]]></description>
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		<title>Windows8 Consumer Preview を入れてみました &#8211; VMwareを使うと便利</title>
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		<pubDate>Sun, 04 Mar 2012 06:53:38 +0000</pubDate>
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				<category><![CDATA[デジタル]]></category>
		<category><![CDATA[Windows8]]></category>

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		<description><![CDATA[３月１日にWindows8のConsumer Previewの提供がはじまったので週末を使ってインストールしてみました。 MSページをみるとSetup ツールを使う方法と、isoイメージをダウンロードする方法と２つのやり方があるようです。 後で削除することも考えて、別パーティションにインストールすることにします。しかし何度かやってみたのですが、ほかの人には出てくると書かれている「別パーティションにインストール」のメニュー項目が出てこない。 しばらく調べてみて、VMwareを使って仮想環境にインストールすることにしました。 参考にしたのはこちら VMware Playerに「Windows 8 Consumer Preview」をインストールしよう！ インストール環境はThink Pad E420。HDDも500GBあるのでこういったときにためらないがない。先日使った「mini tool partition wizard」をつかってHDDも別パーティションを用意したのだが、仮想環境だと必要がないので無駄になってしまった。 64bit環境なので当然Windows8 Consumer Previewも64bitを選択してisoイメージをダウンロード。インストールのときにVMware playerからintel VTが有効になってないので64bitの動作に一部制限が、というような内容が表示される。 調べてみるとBIOSレベルでintel VTを有効にする必要があるらしい、ということで再起動して「F1」を押してBIOS画面へ。CPUの項目にセッティングメニューがあると見かけたが、E420では違うところにあった。intel VTとintel vt-dをeneabledにする。 無事にインストールを終えて動かしてみるとサクサクと動く。ChromeをインストールしてみたがWin7よりも体感が微妙に速い気がする。割り当てメモリも２GBなのにいい感じにサクサクと動く。 話題のメトロUI、慣れないとなんともいえない。スタートボタンはなし。WindowsキーでメトロUIに一発で戻るようになっている。どうやらそこを起点とするのがオペレーションとしてはスムーズになりそう。 またメトロUIでアプリ一覧を出すには、メトロUIの背景部分で右クリックするとアプリ一覧が出てくる。ここをクリックすると画面いっぱいにアプリが並ぶという算段になっている。 アクセサリやなんかもあるので、ここでスタートメニュー＞プログラムファイルでやっていたことは実現できる。慣れてくるとショートカットの設定やらいろいろとあるようですがそれはまた後日。 メトロUIのトラックパッドのジェスチャー、2本指の横スクロールはできるようになっているのだけどセッティングがシビアでちょっとでも斜めになるとスクロール反応しないようだ。このへんはあそびがあるとほうが快適そう。リリース時にはコントロールパネルあたりで調整ができるようになっているといいな。 ピンクのように斜めだと反応しない。OKなのは真一文字のグリーンのような動き。]]></description>
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		<title>クラウドサービスのDiigoが便利 その2</title>
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		<pubDate>Wed, 29 Feb 2012 23:21:03 +0000</pubDate>
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				<category><![CDATA[日々雑感]]></category>
		<category><![CDATA[diigo]]></category>
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		<description><![CDATA[前回はBookmarkとしての使い方を書いた。 今回はメモ帳というかノート機能について。 最近はHTMLモードでメールを書くことも増えた。使い慣れるとハイライトもできるし、色分けもできるし、箇条書きもきれいに表示してくれて便利なことこの上ない。 それと同じことをふつうのメモにも求めたくなる。ということであらためてDiigoのノート機能をみてみるとひと通りの機能が揃っている。インデント、箇条書き、打ち消し線。ハイライトはまだない。 強いていうならばメイリオなどの日本語のFont Familyの指定もできればいうことがないのだけど、Chromeに「強制メイリオちゃんMSゴシック置換え版」をあてておけばそういった心配は無用です。見た目もシンプルかつポップで使っていて心地良いです。]]></description>
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		<title>起動ディスクの拡張ーCドライブが容量不足になったとき</title>
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		<pubDate>Mon, 27 Feb 2012 23:55:46 +0000</pubDate>
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		<description><![CDATA[XPで起動ディスクの拡張をしました。（キャプチャはWin7） 使用したのはこちら MiniTool Partition Wizard Home Edition 7.1 ハードディスクのパーティションを拡張するときに便利。 実施したいこと Cドライブが満タンになったのだけど、Dドライブにまだ余裕があり、そのあまりをCドライブに回せないかというもの。 手順 DドライブのあまりをMove/Resizeで別パーティションにする あまりをGとしてフォーマット。DドライブにあるデータをGドライブに移動。この手間が一番時間がかかった。データ量によります。 移動が完了したらDドライブをフォーマット（必要なデータはすべて移動させておいてください） Cドライブを選択して、Move/Resizeして広げる。Applyして完了。 注意点。使用中のドライブに変更を加えるときには、再起動を則されて起動後すぐにドライブ変更の処理が走ります。 またDドライブの容量をGドライブにしただけだとCドライブの直後に空きがあるわけではないので、拡張できません。そのため、時間はかかりますがGドライブにデータを移動しています。 変更後、ノートPCの動きはサクサクと激変し、しばらくは延命できた感じです。 時間のないときは セーフモードで起動して、ディスククリーンアップを実施すると、通常起動ではできないところもクリーンアップしてくれる、のとこと。実施したら有効でした。 CCleanerで不要ファイルの削除も一定の効果あり。 Think Pad E420で、パーティションを増やした時にRecovery用のデータかわからない領域があってCドライブが一定以上小さくできなかったのですがMiniTool Partition Wizard Home Edition 7.1を使うとできそうな感じ、このツールで変更したほうが便利そうです。 関連記事 ThinkPad E420 設定、カスタマイズなどまとめ]]></description>
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		<title>待ち遠しいkindleの時代 ~紙の本も共存して~</title>
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		<pubDate>Tue, 21 Feb 2012 22:14:53 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Sunday blog</dc:creator>
				<category><![CDATA[デジタル]]></category>
		<category><![CDATA[日々雑感]]></category>
		<category><![CDATA[本]]></category>

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		<description><![CDATA[電子書籍の日の出がこない。4月のアマゾンkindleの噂がでているがほんとうなんだろうか。 本を読む習慣があれば今ほしいのはデジタル書籍ではないだろうか。年間の予算は技術書なんかも含めて5万～10万程度くらい。年間予算としては中間くらいに属するのではないかと推察する。デジタルになれば本を置く場所を考えなくていいのは素晴らしい。 ニュースになるのは、紙の本を大事にする方向のものが多い。もちろん、紙の本にもお世話になっているし、紙の質感も好きだし、装丁なんかもわりと興味をもって眺めている。 それでも、これからの時代に向けて、電子書籍、デジタル出版の課金の仕組みが整わないのけしからん、という作家の動きがあってもいいと思う。たくさん読まれてこそ、作品を生み出したことの意義があるのだし。 個人的にはデジタルで読みたいタイプの本も多いように感じている。持ち運びが便利になるのは間違いないので、気が向いたときに目を通せる量も増えるのではないかとおもう。目を通せる量が増える＝購入量も増えるのではないかな、と。読める量が増えるのは活字中毒者にとっては喜ばしいことである。本棚の整理をしなくても検索性が維持されるし、読みかけの本もたくさん持ち歩ける、いうことなし。 デジタルになって嬉しかったのは辞書。国語辞典、英語辞典。英語辞典はiPhoneに複数入れている。辞書によって違いがあり、いくつか引き比べることも手軽にできるようになって嬉しい限り。困ったときにも心強い。 現在のところ電子書籍の動きはとても遅いように感じている。先日紹介したのDiigoなんて素敵なサービスが出てくると、もたもたしているとデジタル出版をさしおいて読み物はwebが一般的になるのではないかとさえおもう。 最近の生活を振り返ってみると、読書の時間も一部webを見ている時間にとって変わられているのに気づく。読み応えのあるものがそこかしこにでてきている。最近は読むものも紙の本が減り、webに移行しているものがあるように感じている。 電子書籍がもたついているうちに、本への関心が薄れてwebに情報取得の力点が移るのではないだろうかというのが考えもじわじわと頭をもたげてくる。著作権保護の仕組みも大事だけど、自分が所有している端末の行き来ができないようなものが多いと、デジタルで読むことの利便性は目減りしてしまい、普及も大幅に遅れることだろう。 もたついている間にwebが電子書籍に変わるものとして整ってきたら、そのほうが読み手としては嬉しいような気がする。いろいろな著者もブログやツイッターで自分の考えを記しているし、ともすれば本よりも興味深い角度になっていることも多い。わざわざ本にするほどではないけど、といったところが今までにない角度の読み物になっているのだ。それはタイムリーなものであったり、生ものに近いライブ感覚であったり、鮮度が高く今までとは違う魅力がある。 いっぽうでアマゾンのkindleには期待している。kindleはwebの閲覧もできるということなので、そのあたりのことも踏まえてどっちに転んでもいいように保険をかけているのかもしれない。 webが電子書籍として用いられるようになればプラットフォームでの覇権争いも、ジ・エンドである。そうならないうちに早めに対応してもらいたい。なんといっても日本のおうちは小さいんだから、これ以上本を置きたくないから買わないっていう人もたくさんいるはずだ。 もちろん今までのスタンスと距離の本も、存在意義はあるし、なくなることはないのだろうけれども、現在からは少し存在感が薄まるのだろう。 TV、ラジオ、新聞がwebが普及するに連れて、バランスが変わってきたのと同じように。既存のものがなくなるわけではないけれども質が変わり、接する時間やタイミングが変わっていく。プラットフォームの覇権争いというと、ともすればカセットテープがCDに変わったり、ベータとVHSの戦いだったり、ゼロサム・ゲームの劇的なイメージも強いけれども、そこまでいかない併存・共存するイメージを抱いている。10年後に振り返ると今の時代はどう見えるのだろうか。]]></description>
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		<title>ThinkPad E420 設定、カスタマイズなどまとめ</title>
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		<pubDate>Fri, 27 Jan 2012 15:45:16 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Sunday blog</dc:creator>
				<category><![CDATA[ガジェット☆キング]]></category>
		<category><![CDATA[デジタル]]></category>
		<category><![CDATA[Think Pad E420]]></category>
		<category><![CDATA[Windows7]]></category>

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		<description><![CDATA[2011年末にWindows7マシンを検討していて、レノボのThinkPad E420を購入しました。即納モデルを新宿のビックカメラのカスタムショップで注文。12月25日に注文して27日届きました。まさに即納。 （主な構成はOS Windows7 64bit, CPU Core-i 5, メモリ4GB, HDD500GB） Tipsをまとめてみます。 1，Bluetoothは「F9」を押してワイアレス系の設定パネルでアクティブにしないと動かないようです。ハードスイッチがないかわりにソフトスイッチがあります。 2，アドビ系のアプリーちょっと古いバージョンCSのもの Photoshop CS, illustrator CSを持っているのですがちょっと古いので試行錯誤。以前にキーを購入していたのでOSをProfessionalにアップグレード。 XP modeを入れてアドビソフトをインストール。CPUが速くなっているのでXP mode上でもそこそこの動作が可能。2年ほど前に実施したときにはマウスのポインターの追随に遅れが出てしまい、、、実用的に断念してXPに戻した経緯がある。今回はXPモードで動かしてもマシンパワーがカバーしてくれる。よかった。 特に症状が重いのがIllustrator CSである。ふつうにインストールすると日本語が打てないのだ。英語圏の人には問題はでないということかもしれない。XP mode導入で一番の懸念点をクリア。 今回はさらに1歩進んで、管理者権限でWindows7上でインストールしてみた。 動作を確認してみると、なんと日本語も打てることがわかる。XP modeでなくても動作するということである。いろいろと調べていたときに管理者権限でインストールすると現象を回避できる、というのが出ていたのだが、アプリをふつうにインストールして管理者権限で実行したら違いはないものと思っていた。しかし実際には違いがある、という結果。今回もWindows7上でノーマルなインストールをしたもののIllustratorはやはり日本語が打てない症状は出ていました。 3, Windows7からパテーションが起動ディスクでも切れます。これはThink Padに限ったことではありませんが、必要に応じてCドライブを分割することが可能。早速ひとつ増やしました。E420はリカバリ用のデータがあるようで、Cドライブは200GBあたりから減らすことができないようです。 ＜2月29日追記＞HDDのパーティションの変更について書きました。こっちの方法でやったほうがよさそうです。不明だったリカバリ用のデータ容量もわかります。意外と少なかった。 起動ディスクの拡張ーCドライブが容量不足になったとき 4，解凍ソフトのLhaplus 右クリックメニュー「ここに解凍」、「デスクトップに解凍」などが出なくなる。Windows7も64bitになると起こる現象らしい。 こちらを入れると解決します。 Lhaplus x64 shell extension http://www.sharkpp.net/soft/tool/lhaplus-x64-shell-extension.html 5, iTunesのテキスト表示をメイリオにしたい iTunesの同期はMacBookで実施しているものの、Think Padにもインストール。と、メイリオ表示を期待していたのだが、そうではなかった。いろいろと調べてみるとに設定ファイルがあり、記述を書き足すと変更できるとのこと。 ふつうにインストールしたときには64bitだと32bit用のプログラムフォルダにインストールされている。 C:\Program Files (x86)\iTunes\iTunes.Resources\iTunes.css 参考にしたのはこちらと、こちら。 とある程度は反映されるようですが、肝心のアルバム表示などがメイリオにならないようで、バージョンの違いによるものなのかもしれません。 使っているのはバージョンは現時点で最新の10.5.3.3。 書き換えツールも試してみたのですが、どうも自分のだと一部しか反映されない様子。 参考にしたのはこちら。 ということで、さきほどのファイルをよりさらに深いファイルを書き換えることに。 C:\Program Files [...]]]></description>
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